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last updated 1997/06/03

第19話(全130話)

マリカ姫(2/4)




 ナッツは尋ねた。
「では何故、そんなに息が弾むほど乱暴に剣を振り回されるのです。呼吸が乱れていては剣の
練習など出来ません。剣に触れることすら許されません。・・これ以上は無意味ですよ、姫。
何か苛立っておいでのようだが、ウサ晴らしをしたいなら、そこらの棒きれで石でも叩いて下
さい。剣は感情を鎮めるためのもの。決して感情のはけ口ではありません」
 言うナッツの苦言に、マリカは黙って耳を傾け、そして微かに笑った。
「耳にタコが出来たよ。お前のお小言にはほとほとうんざりだ。・・だが、これで最後と思う
と、お前の小言も何故かとても愛おしく私の耳に響く」
「最後?」ナッツの眉が上がった。珍しく動揺したらしい。「これが最後と、そう仰られまし
たか?」
「そう、最後だ」
「どういう意味です」
「言葉通りの意味だよ」
「わかりません」
「だから、最後と言ったら、そういう意味だ。詩や歌をただ言葉通りにしか受け取らない、少
しも比喩や暗喩を解さないと、しょっちゅうランダー先生に叱られてるんだ。変な暗示を言葉
に託すような回りくどい真似は嫌いだ」
「では、もうこれきり剣の練習はなさらないおつもりだと、そういうことですか?」
「そういうことだよ、ナッツ。私は今日で剣の練習はやめる。そのつもりでいた。だから陽が
暮れるまでお前と剣を交あわせていたかった。だが駄目だね。最後だと思うとどうしても気が
乱れてしまう。どうしても乱れる心のまま剣を振ってしまう。修業が足りないせいか、私には
そもそも剣を扱う才能がないのか、どちらかはわからないが、それがきっと私の弱さなんだろ
う。こんな私にお前がいつまでも付き合ってくれるはずはなかったのだったね。確かに、これ
以上は無意味だ」
 マリカ姫は一度天を仰ぎ、そしてしっかりと目と心に刻み込もうとするかのように、ゆっく
りと練習場を見回した。これが見納めだと、その瞳は語っていた。
「何故、剣をおやめになるのですか、姫」
「その姫、と私を呼ぶのもこれが最後にして欲しい。私は剣だけではなく、姫であることもや
めようと決心したんだよ」
「な・・」
 驚いたらしい。
 ナッツは目を丸くしてポカンとマリカをみつめてしまう。いつもスッ頓狂な悪戯を考案して
は、人の驚く様を見て笑ったりしていたマリカだが、いま彼女は僅かたりとも笑ってはいなか
った。その真剣な目が、ナッツをさらに驚かせていた。
「ナッツ。お前の驚いた顔はいまはじめて見たような気がするな。剣の達人にして人生のすべ
てを達観したナッツ卿にも、まだビックリ仰天の事態、というのがあったんだね。知っていれ
ばもっと前に面白い悪戯を仕掛けられたのに、残念だ」
「姫というのはなりたいからなれる、というものではありませんぞ。ましてややめたいからや
める、などというものでは断固としてありません」
「父もそう言った。だが、王の娘として、この国の姫として、この城の世継ぎとして、意に添
わぬ結婚をしろと言われて、はいわかりました、と応えることがどうしても出来ない。断固と
して、それは出来ないのだよ」
「では城を出ると?」
「出る」
「出て、どうされます」
「わからない。旅をしようと思う」
「旅というのは目的地を定め、帰る時期も定めてするものです。何処へ行かれるのですか? 
そしていつ戻られるのですか」
「決めてない」
「ならそれは旅ではなく放浪です。姫、あなたはカイラ王とその国が、大事な姫を黙って放浪
などさせておくとお考えですか? とんでもない。すぐに追手がかかります。どこへ隠れよう
と、必ずみつけて、連れ戻されます。私が連れ戻します」
「確かに追手はかかるだろうな。そして私を捕らえて城へ引き戻すことができるとしたら、そ
れはナッツ、ただお前だけだろうとも思う。他の者にむざむざ捕まるような私じゃないことは
、お前も承知しているだろう?」
「・・そうでしょうな」
 不承不承という感じで、ナッツはうなずいた。
 マリカは言う。
「だからお前にこうして話しているのだよ、ナッツ。私は城を出る。父は私を捜せと命じ、お
前をその指揮に当たらせるだろう。お前は命を受けてすぐさま捜索隊を編成し、私を追ってく
れていい。それが王に仕える騎士としてのお前の役目なのだから、どうぞ私を存分に追いかけ
てくれ。だがナッツ。私からひとつ頼みがある。私を・・」
「・・みつけないでくれ、と?」
「お願いしたい。ぜひともみつけないで欲しい。まんまと逃げられたと父に報告して欲しい」
「馬鹿なことを! 王を騙せと仰るのですか」ナッツは立ち上がり、上からマリカに怒鳴った
。「からかっておられるのでしょうな!」
「いつにも増して私は真剣だよ、ナッツ。お前なら私を理解してくれるはずだろ?」
「理解などできるわけがありません」
「ではあの言葉は嘘か? お前は私がふたつの時にこう言った。・・これから私は姫の剣と心
を鍛えさせていただきます。剣は戦うための道具ではなく、己を高めるための道具と思ってく
ださい。私がお教えするのは敵を倒す殺人の術ではなく、敵も自分も共により良く生かすため
の術です。剣はあなたを高みへと導くでしょう。そしてあなたは常に自分を高めるために、自
分を鍛えることの喜びを私から学ぶのです・・お前はそう言ったよ」
「・・申しました」
「私はお前と言う最高の教師を得、最高の教えを受けたと思っている。だからこそ姫などやめ
る決心が出来たんだ。姫として生きることが、自分を高めることにつながらないと思える以上
、私は姫のまま生きることは出来ない。他ならぬお前から教育を受けた私には、父や国のため
に自分を投げ売りするようなことは罪だと思える。そういう娘に私は育ったんだよ、ナッツ。
私は剣を学び、心を学んだ。剣の腕を磨くことは、そのまま心を磨くことだった。お前に磨か
れた心は、私をさらなる高みへ引き上げようとしている。そして私はそれに逆らえない。この
国の掟や法にすべて逆らうことになるとしても、私は私の心にだけは逆らえない」
 言うマリカをナッツは黙ってみつめてしまう。
 もう驚いた表情はしていなかった。

(つづく)




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